「もりのなか」
マリー・ホール・エッツ 文/絵 まさき るりこ 訳 福音館書店「もりのなか」
は1963年に発行され、約60年間愛され続けている絵本です。作者のマリー・ホール・エッツさんはアメリカのウィスコンシン州の小さな町に生まれ、動物たちに親しんで幼少期を過ごしたそうです。その体験が感じられるようなこのお話「もりのなか」をご紹介します。「ぼく」が森へ散歩に出掛けると、ライオン、ゾウ、クマなど動物たちが次々にやってきて散歩に加わります。それからみんなでお菓子を食べたりかくれんぼをして遊びますが、「もういいかい」と言って目を開けると・・というお話です。
カラフルな絵本が溢れる中、なんだか地味に見えるこの絵本。しかし子どもたちはじーっと絵を見ています。白黒で描かれた落ち着いたタッチの絵は想像の余白を与えてくれます。子どもたちは主人公の男の子になりきって、頭の中で生き生きと動物たちと遊んでいるのかもしれません。ゾウのセーターの色や、美味しそうなケーキの色が子どもたちには見えているのかもしれません。実際、大人になって久し振りにこの絵本を手に取ったら白黒だったことに驚いた方もいるそうです。記憶の中ではカラーの絵だったのだそうです。
そんな子どもの想像力を掻き立てるこの絵本ですが、大人になって読むとどこか不思議な余韻と引っかかりが心に残ります。動物たちは二足歩行で言葉を話し、道具や食べ物を持ち、人間のようです。しかし最後に出てくるウサギだけは何も話さず、現実のウサギと同じ姿で男の子に寄り添っています。その存在はこのお話の中で不思議な違和感を残します。ウサギは現実の世界で男の子にとって何か特別な存在の象徴なのでしょうか。また突然現れる「だれかがぴくにっくをしたあと」で男の子たちはひと休みします。真っ暗に描かれた森の中に唐突に自分たち以外の他者の存在を感じドキリとさせられます。しかし男の子たちはそれを自然に受け入れそこにあったケーキやアイスクリームを食べます。心の世界と現実の世界が混ざり合い、さまざまなことが脈絡もなく出てくる夢のような印象を持ちます。まるで自分も夢を見ているような、不思議な気持ちになるのです。
子どもたちは空想の世界と現実の世界の境界を生きているといいます。空想の世界をまるで本当のことのように感じる感性は、子どもの持つ素晴らしい力です。子どもの頃にたっぷりと空想の世界を味わうことでいろいろな立場に立って考える力や自分自身を大切に生きていく力が付くといいます。大人もそんな境目を体験できるようなこの絵本。ぜひ目一杯想像の翼を広げてお楽しみください。